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鹿児島地方裁判所 昭和44年(ワ)506号 判決 1973年3月29日

原告 生駒学

原告 生駒絹子

右両名訴訟代理人弁護士 小堀清直

右訴訟復代理人弁護士 亀田徳一郎

同 井之脇寿一

被告 有限会社金橋商会

右代表者取締役 金橋清

被告 金橋清

右両名訴訟代理人弁護士 和田久

主文

被告有限会社金橋商会は原告両名に対しそれぞれ金一五一万六、〇四三円及びうち金七五万円に対する昭和四三年一一月六日から、うち金七六万六、〇四三円に対する昭和四六年二月二日からいずれも支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告両名の被告有限会社金橋商会に対するその余の請求及び被告金橋清に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告両名と被告金橋清との間では全部原告両名の連帯負担とし、原告両名と被告有限会社金橋商会との間ではこれを二分し、その一を原告両名の連帯負担とし、その余を被告有限会社金橋商会の負担とする。

この判決の第一項は原告両名においてそれぞれ金五〇万円の担保を供するときは当該原告の分を仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人らは、当初昭和四三年一一月一日受付の訴状において、被告両名は連帯して原告両名それぞれに対し金一五〇万円ずつ及びこれに対する昭和四三年一一月六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。との判決並びに仮執行宣言を求め、請求原因(その後異議なく追加、変更された分を含む)として、次のとおり述べた。

一、原告両名は、訴外亡生駒貴計(以下、貴計という)の実父母である。

二、貴計は、昭和四二年一二月一七日午後二時頃友人達とともに鹿児島県薩摩郡東郷町斧渕字八幡前二、四四七番四一畑二畝一歩及び同番三四畑二畝一五歩内で遊んでいるうち砂利採取跡の深さ約五メートルの水溜りに落ちて水死した(以下、この事故を本件事故という)。

三、本件事故は、被告有限会社金橋商会(以下、被告会社という)が前記畑の所有者である訴外村松直の承諾もなくまた農地法五条による県知事の転用許可もおりていないにかかわらず前記畑二筆内に侵入して約三〇〇平方メートルにわたり深さ約四メートルの砂利を採取しその跡が極めて危険な状態になっていたにかかわらず何ら危険防止の措置を講じなかったために発生したものである。

四、従って、被告会社は、民法七一七条一項本文により土地の工作物の占有者として本件事故から生じた損害を賠償する責任がある。すなわち、

(一)  土地の工作物とは、土地に接着して人工的作業を加えることによって成立したものをいい、崖の擁壁、石垣、道路、造成地、堤防の埋管工事などを含む広い概念である。右の概念規定からすれば、土地の工作物にあたるか否かの判定の基準は、そのものを目的とした作業によって積極的につくりあげられたものかそれとも他の目的に向けての作業の過程においてたまたま副産物としてもしくは一時的にできあがったものかといった点にあるのではなく、施業者の土地に接着した作業に関連して必然的に出来すべきものであるか否かという点にある。そうだとすれば、前記水溜りは、砂利採取という土地に接着した作業に関連して必然的に生じた結果であるから、土地の工作物といって妨げない。のみならず、前記水溜りは、その広さや深さの点において池ともいうべきものであり、しかも本件事故を契機とする原告ら付近住民の抗議の声がなければ埋め立てられることなく恒常的に放置存続させられていた筈のものであるから、尚一層土地の工作物の概念にあてはまるものといえる。

(二)  そして、前記水溜りのあった場所及びその附近一体は、原告ら近くの農民の耕地であるため、子供達が農作業の手伝いや遊びに来ることは当然であり、前記水溜りのあった場所のあたりは、近くの子供達の恰好の遊び場所であった。ところが、被告会社は、前記のとおり、前記水溜りのあった畑の所有者の承諾もなく農地法五条による県知事の転用許可もなしに右畑に侵入して砂利採取を行いその結果前記水溜りを作出するなど極めて危険な状態を招いておきながら、本件事故が発生するまで何ら危険防止の措置を講じなかった。被告らは、被告会社の作業場の入口には立入禁止の標示が設けてあったというが、その設置場所は原告ら近くの農民の耕地への入口にもあたる場所であって、右標示は何ら立入禁止の標示としての役目を果すものではない。また、被告らは、前記水溜りの周辺には注意換起のための竹類の標示をしていたというが、これは本件事故後に植え込んだものである。従って、土地の工作物たる前記水溜りの設置保存については瑕疵があったものといえる。

五、仮に、被告会社に民法七一七条一項本文による土地の工作物の占有者の責任が認められないとしても、前項までに記載した事情があるから、被告会社は、民法七〇九条により本件事故から生じた損害を賠償する責任がある。

六、仮に、被告会社に民法七一七条一項本文又は同法七〇九条による責任が認められないとしても、前記砂利採取作業は、被告会社の従業員たる訴外鉢迫義治が現場責任者として直接現場のとりしきりにあたっていたものであるが、同人は、砂利採取の結果前記水溜りを作出するなど極めて危険な状態を招いておきながら、本件事故が発生するまで何ら危険防止の措置を講じなかったのであるから、本件事故につき過失があり、従って、被告会社は、民法七一五条により右訴外人の使用者として本件事故から生じた損害を賠償する責任がある。

七、被告金橋清は、被告会社の代表者たる取締役として被告会社の職務の執行につき重大な過失があったため本件事故を発生させたものであるから、有限会社法三〇条の三により被告会社と連帯して本件事故から生じた損害を賠償する責任がある。すなわち、

(一)  被告らは、砂利採取の現場における作業やその監督は有限会社法三〇条の三にいわゆる職務たる会社の経営の基本に関連もしくは附随する重要な行為にはあたらないというが、砂利採取業を営む会社にあっては作業現場を巡回視察し作業の進行状況をチエックすることは代表者自らなすべき経営の基本たる行為である。のみならず、有限会社法三〇条の三にいわゆる職務を被告らの主張する範囲に限定しなければならない合理的根拠はない。

(二)  そして、被告金橋清は、本件事故発生まで前記水溜りにつき何らかの危険防止の措置を講ずべく指示した形跡はないから、本件事故発生については重大な過失がある。

八、仮に、被告金橋清に有限会社法三〇条の三による責任が認められないとしても、同被告は、砂利採取の結果前記水溜りを作出するなど極めて危険な状態を招いておきながら、本件事故が発生するまで何ら危険防止の措置を講じなかったのであるから、本件事故につき過失があり、民法七〇九条により被告会社と並んで本件事故から生じた損害を賠償する責任がある。

九、原告両名が愛児貴計を失ったことにより味った苦痛に対する慰藉料としては各自金一五〇万円をもって相当とする。

一〇、よって、原告らは、被告らに対し、原告ら各自につき慰藉料金一五〇万円ずつ及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年一一月六日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

原告ら訴訟代理人らは、その後昭和四五年一二月三日受付の訴変更申立書において、変更後の請求の趣旨として、被告両名は連帯して原告両名それぞれに対し金一六〇万七、四二六円五〇銭ずつ及び右各内金一五〇万円に対する昭和四三年一一月五日から、右各内金一〇万七、四二六円五〇銭に対する昭和四六年二月二日からいずれも支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。との判決並びに仮執行宣言を求め、訴変更の原因として、次のとおり述べ、なお、従来の訴訟物の価格三〇〇万円、請求増加額二一万四、八五三円と表示し、印紙は一、一〇〇円を追貼したにとどまった。

一、貴計は、本件事故当時満九才の通常の知能を備え成績中程度の健康な男の子であった。

二、厚生省大臣官房統計調査部発行の第一一回生命表によれば満九才の日本人男子の平均余命は五九・五三年であり、満一〇才の日本男子の平均就労可能年数は五三年であるが、労働省労働統計調査部編労働統計要覧記載の同省賃金構造基本統計調査によれば、男子旧中、新制高校卒以上の生産労働者の年令別平均現金給与額は別表のとおりであるから、貴計は、もし本件事故により死亡しなかったとすれば、昭和五一年三月高等学校を卒業したのち少くとも四〇年間は毎月平均三万円の収入を得ることが可能であった。

三、一方、前記労働統計要覧記載の総理府統計局家計調査によれば、人口五万人以上の都市における平均世帯人員は四・〇一人であり、毎月の実支出(租税を含む)は六万一、九一八円であるから、一人一ヶ月の平均実支出は一万五、四四〇円となる。

四、従って、貴計は、もし本件事故により死亡しなかったとすれば、昭和五一年四月以降少くとも四〇年間は毎月前記平均収入と平均実支出との差額一万四、五六〇円、一年で合計一七万四、七二〇円の利益を得た筈である。これから各年毎にホフマン式計算により中間利息を控除すれば、その現在値は、別紙計算書の進行番号1ないし40の合計三二一万四、八五三円となるから、貴計は、本件事故により右同額の得べかりし利益を喪失し右同額の損害を蒙ったことになる。

五、原告両名は、貴計の死亡により同人の有した右損害の賠償請求権を法定相続分にしたがってそれぞれ二分の一すなわち一六〇万七、四二六円五〇銭ずつ相続した。

六、よって、原告らは、被告らに対し、それぞれ右各金額の損害賠償金とこれに対する訴変更申立書送達後であること明らかな昭和四六年二月二日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを追加して請求する。

原告ら訴訟代理人らは、更に昭和四七年六月一六日受付の訴補充訂正申立書において、補充訂正後の請求の趣旨として、被告らは連帯して原告両名それぞれに対し金三一〇万七、四二六円五〇銭ずつ及び右各内金一五〇万円に対する昭和四三年一一月六日から、右各内金一六〇万七、四二六円に対する昭和四六年二月二日からいずれも支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。との判決並びに仮執行宣言を求め、訴補充訂正の原因として、次のとおり述べ、なお、従来の訴訟物の価格三二一万四、八五三円、請求増加額三〇〇万円と表示し、印紙一万五、〇〇〇円を追貼した。

一、原告らは、昭和四五年一二月三日受付の訴変更申立書において、従来慰藉料のみ原告両名あわせて金三〇〇万円を請求していたのを逸失利益相続分全額原告両名あわせて金三二一万四、八五三円を追加請求して総額金六二一万四、八五三円に訴の追加的変更をなすべきところ、錯誤に基づいて、原告両名あわせて金二一万四、八五三円のみを追加請求する結果となった。そこで、本申立書によって、本来請求する意思であった総額金六二一万四、八五三円を請求すべく、請求の趣旨を前記のとおり補充訂正する。

二、仮に、右補充訂正が認められないとすれば、昭和四五年一二月三日受付の訴変更申立書における原告両名をあわせて金三二一万四、八五三円の請求の内訳は、原告両名あわせて慰藉料金三〇〇万円、逸失利益相続分金二一万四、八五三円(いずれも原告両名それぞれ二分の一ずつ)であると釈明する。

被告ら訴訟代理人は、原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。との判決を求め、請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一、請求原因第一項記載の事実は、認める。

二、請求原因第二項記載の事実は、そのうち砂利採取跡の水溜りの深さが約五メートルあったとの点は否認するが、その余は認める。

三、請求原因第三項記載の事実は、そのうち被告会社が本件事故当時原告ら主張の畑二筆を占有していたこと、右畑から砂利を採取するにつき訴外村松直の承諾を得ていなかったこと及び農地法五条の転用許可を受けていなかったことは認めるが、その余は否認する。被告会社は、訴外東園キクエから右畑は同人の所有であるとしてその承諾を得て砂利を採取したものである(なお、被告ら訴訟代理人は、当初答弁書において、右のとおり右畑が訴外村松直の所有であることを前提とするような答弁をしていたが、その後第五回口頭弁論において、右は錯誤に基づくとして右畑は訴外東園キクエの所有であると述べたのに対し、原告ら訴訟代理人らは、直ちにこれは自白の撤回にあたるとして異議を述べた)。

四、請求原因第四項記載の主張は、争う。

民法七一七条にいわゆる瑕疵とは、その物が本来備えているべき性質、設備、機能を欠いていることであるが、本件事故のあった水溜りについて被告会社が特段の危険防止の措置を講じなかったことは、右の意味において瑕疵があったものとは到底解されない。何となれば、右水溜りは、砂利採取現場内においてその採取作業の過程中にたまたま臨時にできた水溜りであって、その後の作業過程において直ちに容易に復旧消滅する性質のものであり、且つ右のように砂利採取場内に在ったものであって、決して子供の遊び場もしくは通路の附近に在ったものではなくかねては作業に従事する者以外は決して立入ることがない(子供が遊びに来たことはない)所に在ったものであり、しかも砂利採取の作業場入口には部外者立入禁止の標示(更に現場附近には注意を喚起するための竹類の標示)が設けてあったのであるから、それ以上に特段の危険防止の措置を必要とするものではないからである。

五、請求原因第五項の記載の主張は、争う。

六、請求原因第六項記載の事実は、そのうち訴外鉢迫義治が被告会社の従業員であり、被告会社が本件事故現場附近で行った砂利採取作業の現場責任者であったことは認めるが、その余の事実及び同項記載の主張は争う。

七、請求原因第七項記載の事実は、そのうち被告金橋清が本件事故当時被告会社の代表者たる取締役であったことは認めるが、その余の事実及び同項記載の主張は争う。

(一)  有限会社法三〇条の三にいわゆる職務とは、取締役としての職務であり、本件の場合でいえば被告金橋清の被告会社の取締役としての職務であるが、有限会社の取締役が会社を代表し会社の業務を統轄執行する最高の機関であることを考えれば、その職務が会社の経営の基本に関連もしくは附随する重要な職務であるのは当然であり、そのような取締役としての類型的な任務に対する違背こそが本条によって責任を問われるのであり、個々の作業現場における日常の定型的な個々の作業に対する監督までがその任務として本条による責任を生ぜしめるものではない。被告金橋清は、熊本県八代市に本社を有する被告会社の代表者たる取締役として、被告会社の業務全般を統轄経営しているものであり、本件事故の現場における作業まで個別的に監督していたものではない。旧砂利採取法(昭和三一年法律第一号)に基づく本件事故当時の本件事故現場における砂利採取作業主任者は、前記訴外鉢迫義治である。

(二)  第四項記載の事情に照らせば、被告金橋清が前記水溜りにつき危険防止の措置を講ずるよう指示しなかったことには重大な過失はない。

八、請求原因第八項記載の主張は、争う。

九、請求原因第九項記載の事実は、不知。

被告ら訴訟代理人は、訴変更の原因に対する答弁として、貴計の本件事故当時の年令及び平均余命が原告ら主張のとおりであることは、認めるが、同人の得べかりし収入及びその計算の基礎が原告ら主張のとおりであることは、争う。と述べた。

被告ら訴訟代理人は、訴補充訂正の原因に対する答弁として、訴補充訂正の原因第一、二項記載の原告らの主張事実は、すべて争う。原告らの慰藉料の請求は、昭和四五年一二月三日受付の訴変更申立書による訴の交換的変更によって全部取り下げられたものである。原告らが昭和四七年六月一六日受付の訴補充訂正申立書によって再度慰藉料の請求をしようとするのであれば、被告らは、民法七二四条前段の消滅時効を援用する。と述べた。

被告ら訴訟代理人は、抗弁として、次のとおり述べた。

貴計は、かねて子供が遊ぶ場所でもなかった砂利採取現場に第三者の制止にもかかわらず侵入し自らの行為によって本件事故を誘発したものであるから、本件事故は、殆んど同人の過失に起因するものであり、また、同人を漫然本件事故現場に近よらせた原告ら夫婦の監護者としての過失に起因するものである。よって、被告らは、過失相殺を主張する。

原告ら訴訟代理人らは、抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。

抗弁記載の事実は、否認する。原告らは、常日頃貴計に対し危険であるから水溜りに近づかないよう注意して来たものであり、親として子の監護者としての責任を十分尽していたものである。のみならず、本件事故のあった水溜りは、被告らが地主、耕作者の承諾もなしに一方的に不法行為として行った砂利採取の結果として、いわば陥穽的に成立させられたものであるから、そのような陥穽によって本件事故を自ら招いた被告らが過失相殺の主張をすることは適当ではない。

証拠≪省略≫

理由

一、原告両名が訴外亡生駒貴計(以下、貴計という)の実父母であること、貴計が昭和四二年一二月一七日午後二時頃友人達とともに鹿児島県薩摩郡東郷町斧渕字八幡前二、四四七番四一畑二畝一歩及び同番三四畑二畝一五歩内で遊んでいるうち被告有限会社金橋商会(以下、被告会社という)が右畑及びその附近で行なった砂利採取の結果右畑内の砂利採取跡にできた水溜り(以下、本件水溜りという)に落ちて水死したこと(以下、この事故を本件事故という)は、当事者間に争いがない。

二、そこで、本件事故の責任原因についてみてみる。

(一)  原告らは、被告会社につき、第一に、民法七一七条一項本文の責任を主張するので、この点から検討する。

被告会社が本件事故当時本件水溜りの存する前記畑を占有していたことは、当事者間に争いがないが、本件水溜りなりこれの存する砂利採取跡なりを民法七一七条一項本文にいわゆる土地の工作物といい得るかどうか考えてみる。

民法七一七条一項本文にいわゆる土地の工作物とは、一般に、土地に接着して人工的作業を加えることによって成立した物をいうと解されている(大判昭三・六・七民集七・四四三参照)が、同条の責任の根拠が一般に危険責任の原理に求められていること及び同条がドイツ民法やフランス民法のように建物、工作物の倒壊、崩壊による損害についてのみ工作物責任を認めるものではないことからすると、右にいわゆる土地の工作物とは、必ずしもそれ自体の完成を目的として作り上げられたものである必要もなければ、土地からは独立した物である必要もないのであって、要するに、元来天災でもなければ人間に危険を及ぼすことのない土地を利用しこれに接着して人工的作業を加えることによって土地を含む全体を人間に危害を及ぼす可能性を持つ危険物たらしめる客観的存在であれば足りるものと考えられる。そうだとすれば、本件水溜り――というよりはむしろこれの存する砂利採取跡は、民法七一七条一項本文にいわゆる土地の工作物といって妨げないものと解される。

そこで、次に、被告会社に本件水溜りなりこれの存する砂利採取跡の設置、保存につき瑕疵があったといえるかどうか考えてみる。

瑕疵というのは、普通、物が本来具えているべき性質、設備、機能を欠くことであるとされているが、土地の工作物の概念をさきにみたように広く把えるとすれば、瑕疵の概念も物の客観的属性としてのみ把えることはできないのであって、危険物としての土地の工作物を作出し管理する行為者にその危険物が現実に人間に危害を及ぼさないようにするための人的、物的の設備をすべき作為義務を負わせ、その義務の懈怠がある場合に瑕疵ありとせざるを得ないものと考えられる。そして、どの程度の設備をすれば瑕疵なしとされるかについては、その工作物の性質(例えば、それ自体の完成を目的として作り上げられたものであるかどうか、恒久的なものか一時的なものかなど)、包蔵する危険性の度合、四囲の状況、危険防止のための当該設備を設けることの難易や経済性などを総合的に判断して決すべきものと考えられる。そこで、これを本件についてみてみるに、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。すなわち、本件事故のあった砂利採取現場は、原告らの居住する部落の東南約五、六〇〇メートル、川内川堤防西北側に接続する約一〇ヘクタールの土地である。被告会社は、昭和四一年頃から右現場で砂利採取を始め、堤防に近い方から当初まずショベルローダーで川内川の水面の高さまで約二・五メートル掘り下げて(一段掘り)砂利を採取し、次いでバックホーで更に約三メートル掘り下げて(二段掘り)砂利を採取して行ったが、砂利採取跡はその都度埋め戻すことなく次々掘削採取して行った。本件水溜りのできたあたりは、右砂利採取現場の西北端にあたり被告会社が一番最後に本件事故の三、四日前から掘削にとりかかったところである。右の約一〇ヘクタールの砂利採取跡には本件事故当時水深四ないし六メートルの水溜りが五つほど点在していたが、本件水溜りはその一つで広さ約三〇平方メートルあり、貴計が落ちこんだ場所は水面から高さ一メートルの垂直に近い傾斜をなした土砂の渕で、本件事故当時やわらかで容易に崩れる状態にあった。砂利採取現場の西北側一帯にはすぐこれに接続して原告ら附近農民の耕地があり、貴計ら子供達は親について来て右耕地のあたりや川内川の川原で遊ぶことも稀ではなかった。砂利採取現場の北側入口には作業小屋があったが、本件事故当時は休日で砂利採取現場にも作業小屋にも被告会社の者は誰もいなかった。右作業小屋から五〇〇メートルほど離れた国道の入口には本件事故当時「部外者立入禁止」と書いた危険防止の立て札が立っていたが、その入口から砂利採取現場に至る道路は、同時に原告ら附近農民の耕地へ通ずる道路でもあるわけで、右立て札は、砂利採取作業に従事する者以外の者の立入りを禁ずる実効性を持つものではなかった。右以外には砂利採取現場や本件水溜りの周囲には危険防止のための設備は何もなかった。以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫右認定事実をもとにして考えるに、本件水溜りは、いずれは埋め戻さるべきものとはいいながらそれ自体極めて危険な存在であるのみならず、部落の近くしかも部落民ひいてはその子供達が常時出入する畑に隣接した場所にあることからすればなお一層危険な存在であったものとみられるが、元来かような人家近くでの砂利採取作業にあたっては予め一日の作業区域を定めて掘削採取したのちその日の作業を終えて引揚げる前にもしその作業区域内に水溜りや大きな穴が出来ておれば水を掻い出して危険のない程度に穴を埋め戻しておくべきではないかと考えられるし、またそうすることは本件程度の規模の場合さして困難なこととは思えない。殊に本件事故の前日のように翌日が休日で作業がないというような場合は正にそうすべきであると考えられる。もし右のように埋め戻すことが作業の工程その他の都合上不可能もしくは困難だという場合は、危険な水溜りや穴の周囲には、簡易なものでよいと思われるが、柵などの危険防止の設備を設けるべきだし、監視の人員も配置しておくべきものだと考えられる。ところが、被告会社は、本件事故があるまでこれらのいずれの措置をもとっていない。本件水溜りの存する砂利採取跡は、これを作出し管理していた被告会社において右に述べた作為義務の懈怠がある以上、瑕疵あるものといわざるを得ないし、その瑕疵のために本件事故が発生したことは明白であるから、被告会社は、民法七一七条一項本文により本件事故から生じた損害を賠償する責任があるものといわなければならない。

(二)  次に、原告らは、被告金橋清につき、有限会社法三〇条の三の責任又は民法七〇九条の責任を主張するので、この点を検討する。

被告金橋清が本件事故当時被告会社の代表者たる取締役であったことは、当事者間に争いがないが、まず前項で述べた作為義務を被告会社の誰が負っていたとみるべきかを検討するに、≪証拠省略≫によれば、被告会社は、砂利採取、採石及びタクシーを業としており、砂利採取に関しては、本件事故当時八代、人吉、鶴田(宮之城)に営業所を持ち、本件事故のあった砂利採取現場は、鶴田(宮之城)の営業所の管轄に属していたが、同営業所は、被告会社の従業員である訴外今村正盛が所長として営業を統轄しており、更に本件事故のあった砂利採取現場については、本件事故当時同じく被告会社の従業員である訴外鉢迫義治が旧砂利採取法(昭和三一年法律第一号)に基づく砂利採取作業主任者として監督官庁に届出でられ、現に同人が現場監督として砂利採取作業全般の指揮監督にあたっていたことが認められ、右認定に反する証拠はないので、前項に述べた作為義務は、直接には右の訴外鉢迫義治が負っていたものとみるのが相当である。

もとより、被告金橋清は、被告会社の代表者たる取締役であるから、被告会社の業務執行全般を監督する義務を負うわけであるが、被告会社のような会社企業にあっては、その業務の多様性及び個人の能力の限界からして、代表者たる取締役は、その日常的な業務に関する職務権限を順次下部の従業員に委譲しているのが常であるから、委譲の相手方の選定に過誤がなく委譲が必要且つ合理的な範囲内にとどまる限り、右の監督義務も、職務権限を委譲した当の相手方に対する監督義務に限られ、取締役個人としては、事故の発生を予見し又は予見すべかりしであった場合は格別、自己の職務権限を委譲した当の相手方の選任又はこれに対する監督に過失がなければ、その者の個々の具体的な業務執行についての過失にまで責任を負うことはないものとみるのが相当である。

そして、≪証拠省略≫によれば、被告金橋清は、本件事故のあった砂利採取現場には一般的な事務打合わせのため月三、四回訪れることにしており、本件事故前最後に訪れたのは昭和四二年一二月初め頃であるが、その当時は、本件水溜りのできたあたりは未だ作業に着手しておらず従って穴も水溜りもない状態であり、砂利採取現場全域のうち本件事故のあった地点から少し離れたところには若干水溜りもあり被告金橋清もそれを見てはいるけれども、それまで作業員以外の者で砂利採取現場そのものに入りこんで目撃された者はおらず具体的な危険までは察知されなかったことが認められることからすると、被告金橋清の本件事故の発生を予見し又は予見すべかりしであったとみることは困難であり、右の予見可能性がないのに危険防止の措置を講ずるよう指示しなかったからといって被告金橋清に前記訴外今村正盛や訴外鉢迫義治に対する監督義務の懈怠があったとみることもできまい。また、被告金橋清に訴外今村正盛や訴外鉢迫義治の選任につき過失があったと推測させるような事情は何も認められない。

そうだとすると、被告金橋清個人は、本件事故から生じた損害については、有限会社法三〇条の三によってであれ民法七〇九条によってであれ、賠償の責任はないものというべきである。

三、そこで進んで、被告会社の賠償すべき損害の範囲についてみてみる。

(一)  まず、被告らは、原告らの慰藉料の請求は昭和四五年一二月三日の訴の変更により全部取り下げられたものであると主張するので、この点から検討する。

原告らのなした訴の変更の経緯及び内容は、事実らん摘示のとおりである。被告らは、この訴の変更を訴の交換的変更とみる。確かに、原告らは、当初は請求原因として慰藉料のみを主張し請求の趣旨としては原告両名あわせて金三〇〇万円を請求していたのを、訴変更申立書では請求原因には逸失利益相続分の主張のみを掲げ請求の趣旨及び訴訟物の価格の表示らんには請求が原告両名あわせて金二一万四、八五三円だけ増加したように表示している(従って、印紙もそれに応ずる額だけを貼用している)わけであるから、この訴の変更は、訴の交換的変更、あるいは金三〇〇万円の慰藉料の請求に逸失利益相続分の請求を金二一万四、八五三円だけ追加した訴の追加的変更とまぎらわしい表示がなされているということができ、本来適時適切な釈明権の行使がなされるべきであった。しかし、前記訴変更申立書を仔細に検討すれば、まず原告らが右申立書で慰藉料の請求の取下げなり放棄なりを明示したことが全くないことは明らかであるし、右申立書の請求原因の末尾には逸失利益相続分の全額とこれに対する遅延損害金を「追加して請求する」と明示されていることが認められるのみならず、弁論の経過に徴すれば、前記訴の変更が面倒な計算を要する逸失利益相続分の請求につき時効中断のため時効完成の直前になされていることは明らかであり、また、実際面倒な計算をし、印紙も後日裁判所から指摘されるや直ちに訴額六二一万四、八五三円に相当する印紙を貼用していることからすると、特に逸失利益相続分の一部だけを追加請求する意思であったと窺わせるような事情はなかったと観取できるから、前記訴の変更は、当初の慰藉料の請求に、逸失利益相続分全額、原告両名あわせて金三二一万四、八五三円及びこれに対する遅延損害金の請求を追加した訴の追加的変更である(ただ、印紙は不足であったが、後日追貼された)と解釈するのが相当であり、被告らも、それは訴変更申立書の記載や弁論の経過により知り又は知り得たものと認めることができる。

(二)  そこで、慰藉料の請求についてみてみるに、原告らが本件事故により愛児を失い多大の精神的苦痛を被ったことは、容易に推認しうるところであるが、これに対する慰藉料の額は、本件記録にあらわれた諸般の事情を斟酌すれば、原告両名につき各金一五〇万円とみるのが相当である。

(三)  次に、逸失利益相続分の請求についてみてみるに、貴計が本件事故当時満九才であったことは、当事者間に争いがなく、同人が通常の知能を具え成績中程度の健康な男子であったことは、≪証拠省略≫によって認めることができる。満九才の男子の平均余命が五九・五三年であることは、当事者間に争いがなく、健康な男子は通常六三才まで就労可能であることは、公知である。そして、≪証拠省略≫によれば、昭和四四年六月現在における男子旧中、新高卒以上の生産労働者の年令別平均現金給与額は別表のとおりであることが認められるが、公知の昭和四二年から昭和四四年にかけての賃金上昇度及びその後のそれ以上の賃金上昇度からすれば、貴計は、もし本件事故により死亡しなかったとすれば、仮に高等学校に進学しなかったとしても、少くとも昭和五一年四月から四〇年間は毎月平均三万数千円の収入を得ることは十分可能であったとみられる。他方、≪証拠省略≫によれば、昭和四二年の人口五万人以上の都市における平均世帯人員は四・〇一人、毎月の実支出(租税を含む)は六万一、九一八円、従って一人一ヶ月の平均実支出は一万五、四四〇円であることが認められる。従って、昭和四二年以降の物価上昇による家計支出増大を考慮に入れても、貴計は、もし本件事故により死亡しなかったとすれば、少くとも昭和五一年四月以降四〇年間は毎月前記平均収入と平均実支出との差額最低一万四、五六〇円、一年で合計一七万四、七二〇円の利益を得た筈であるとみられる。これから各年毎にホフマン式計算により中間利息を控除すれば、その現在値は、別紙計算書の進行番号3ないし42の合計三〇六万四、一七五円となることは計数上明らかである(原告らは、本件事故発生後七年末に発生する逸失利益額の現在値から算定を始めているが、貴計が初めて一七万四、七二〇円の利益を得た筈とみられるのは、昭和五二年三月末であるから、正しくは、本件事故発生後九年末に発生する逸失利益の現在値から算定を始めるべきである)から、貴計は、本件事故により右同額の得べかりし利益を喪失し右同額の損害を蒙ったこととなる。

四、最後に、過失相殺の抗弁についてみてみる。

本件水溜りが極めて危険な存在であったことは、さきに認定したとおりであり、これの存する砂利採取現場も他に水溜りや穴もあり各種建設機械も存置されていて同様危険な場所であったとみられるのであるが、≪証拠省略≫によれば、貴計は、かねて両親である原告両名や附近の部落民から本件水溜りの存する砂利採取現場には近づかないよう何度も注意されていたにかかわらず、本件事故の当日友達二人とともに右砂利採取現場内に立入り、しかも同人ひとりだけ本件水溜りの渕に行って水面をのぞきこんでいるうち本件事故にあったものであることが認められる。そうすると、かねて何度も貴計に注意を与えていた原告両名には、本件事故の発生につき過失はなかったとみられるが、貴計は、前記のとおり本件事故当時満九才の通常の知能を具え成績中程度の少年であったのであるから、十分事理弁識の能力を有し、右砂利採取現場なり本件水溜りなりが危険な場所で立入るべきでないことはよくわかっていたとみられ、そこに敢えて立入った以上、本件事故の発生については同人にも過失があるものといわなければならない。そして、右過失は、いわゆる被害者側の過失として、貴計本人の損害についてはもとより原告両名の固有の損害についてもその賠償額を算定するにつき斟酌し得るものと解すべきである。そこで、右の貴計の過失の程度を斟酌して前項記載の原告両名の各慰藉料及び貴計の逸失利益からそれぞれその五割を減ずるのを相当とする。

五、そして、原告両名が貴計の実父母であることは、当事者間に争いがなく、特に反対の事情も認められないので、原告両名は、貴計の本件事故による死亡によって同人の得べかりし利益喪失による損害の賠償請求権を各二分の一ずつ相続によって取得したものとみられる。

従って、被告会社は、原告両名に対し、それぞれ慰藉料金七五万円及びこれに対する不法行為後で訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和四三年一一月六日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに逸失利益相続分金七六万六、〇四三円(円未満切捨て)及びこれに対する不法行為後で訴変更申立書送達の日の翌日であること記録上明白な昭和四六年二月二日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うこととなる。

よって、原告両名の被告会社に対する請求を右の限度で認容し、その余を失当として棄却し、被告金橋清に対する請求を全部失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条一項を適用ないし準用し、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 露木靖郎)

<以下省略>

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